エルサレムの防衛

 ヒゼキヤは、セナケリブが攻め入って、エルサレムに向かって戦おうとしているのを見たので、彼のつかさたち、勇士たちと相談し、この町の外にある泉の水をふさごうとした。彼らは王を支持した。
 そこで、多くの民が集まり、すべての泉と、この地を流れている川をふさいで言った。「アッシリヤの王たちに、攻め入らせ、豊富な水を見つけさせてたまるものか。」
 それから、彼は奮い立って、くずれていた城壁を全部建て直し、さらに、やぐらを上に上げ、外側にもう一つの城壁を築き、ダビデの町ミロを強固にした。そのうえ、彼は大量の投げ槍と盾を作った。  
新改訳聖書 Ⅱ歴代誌 32:2−5

旧約時代のエルサレム地図

●「ギホンの泉」の水は今も「ヒゼキヤのトンネル」を通って流れている。この場所の先に、新たに新約聖書時代の「シロアムの池」が発見された。

新たに発掘された「シロアムの池」の一部(Photo:T.Sato)

この丘の下に、「ヒゼキヤのトンネル水路」が掘られた

「ダビデの町」の丘(写真:点線内)の下、キデロンの谷底に「ギホンの泉」が、その中腹に「ウォレン・シャフト」(ウォレンの竪坑)がある。右は「神殿の丘」と、エルサレム旧市街。

ギホンの泉

キデロンの谷の「ギホンの泉」は、エルサレムの城壁の南東角の下に位置する。
 ここから水は、 S字形に掘られた「ヒゼキヤの トンネル」内を 「シロアムの池」へ、わずかな勾配をゆるやかに流れた。 ギホンの泉(ヒゼキヤのトンネル水路の入り口)

ヒゼキヤのトンネルの断面図

ヒゼキヤのトンネル内で発見された、ヘブル語「シロアム碑文」

「シロアム碑文」の和訳

 トンネルが[貫通した日]。
 次が貫通の時の状況である。 石工たちが、一方がもう一方に向って、ピック(石のみ)を巧みに使っていた間に、そして[貫通するまで]まだ3キュビトあった時に、一方がもう一方に叫ぶ声が[聞えた]。南から[北に向って]岩に亀裂が走っていたからである。貫通した日、石工たちは、互いに相手の方向に向って、ピックを交わして掘っていた。すると水が泉から池の方向に、1200キュビトに渡って、流れ出した。石工たちの頭上の岩の高さは100キュビトあった。 (津村私訳)
(1キュビト= 約44cm)

南から見たエルサレム

中央が「ダビデの町の丘」と、キデロンの谷
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