聖書とメシャ碑文の比較

聖書の第2列王記3章には、このように記してある。「モアブの王メシャは羊を飼っており、子羊10万頭、雄羊10万頭分の羊毛とをイスラエルの王に貢ぎ物として納めていた。しかし、アハブが死ぬと、モアブの王はイスラエルの王にそむいた。」

ここには、イスラエルの重税に苦しむモアブの姿と、イスラエルの王アハブの死に乗じて、独立しようとしたモアブの反抗が描かれている。そのことは、メシャ碑文の4から5行目に次のような記述があることと一致している。「オムリがイスラエルの王であって、彼はモアブを幾日も苦しめた。というのは、ケモシュが自分の国に対して怒ったからである。」モアブの人々も、やはり国家の苦難は、国家神であるケモシュが怒っていたからであると理解していることは、聖書にも通じていて興味深い。以上から、この碑文が聖書の記事を裏付ける貴重な資料であることは言うまでもない。

5行目右 4行目左

■右から左へ読む、ドットで単語が区切られる。

訳:オムリがイスラエルの王であって...

このように、聖書と同じ記述が聖書以外に見られることはおもしろい。

詳しくは、遠藤嘉信氏による「メシャ碑文と聖書」(「聖書の世界」第11号)を参照。そこにメシャ碑文の全文が掲載されている。

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